
2026.01.20
その他
人と鬼が共存する世界を描く、バトルファンタジー『鬼時代』。作者は、新潟市出身の東先生!
2026年1月20日にコミック『鬼時代』第1巻が出版されたことを記念して、『鬼時代』と、マンガ家:東先生の執筆活動についてお話を伺いました!
『鬼時代』は、最初は、鬼との戦争が始まる前日談のような話、鬼が攻めてくる時に兄弟の少年がそろって鬼から逃げるという話を考えていました。でもこの話は、物語として主人公エイタの動機が分かりにくかったので、主人公エイタを青年に成長させ、鬼との戦争そのものではなく戦争が終わった後の話、鬼に捕まっている妹をお兄ちゃんが助けに行く物語、というように改編をしています。物語を進める土台、舞台というものを整えて変えたことで、主人公エイタの動機、旅の目的を明確にしました。
『鬼時代』は、鬼というのは悪い者、鬼に捕まっている唯一の肉親である妹を助けるため、兄が旅に出ていく、というめちゃくちゃシンプルな話です。一般的に、物語は、描いていくうちに色々な要素が追加されて難しくなってしまって、結局は謎が多い話だった、となりがちです。なので、『鬼時代』はものすごく分かりやすくしよう、と。『鬼時代』も、例えば、神社だったり、よくわからない機械がどんどん出てきたりとか、描いていると、その背景に色々なものが映り込みます。そのため、話の筋はビジュアルとして、「どういう世界なんだろう」「裏にどんな事情があるんだろう」と想像を巡らせてもらえるような景色を提示できたらと思っています。
『鬼時代』の最近の展開では、戦争中に知り合った旧友の鬼と主人公エイタが命懸けで戦う姿を描いています。妹を助けるために助力を求めた相手から、妹を助ける条件のひとつとして、旧友の鬼を倒すことを求められたとき、どうするのか。主人公エイタは葛藤し、油断が生まれる、油断してしまう。友情、正義あるいは個人的な欲望、そして旧友の鬼が考えていること。色々なものがたくさん絡み合っていく中で、でもやっぱり譲れない正義みたいものを主人公エイタが発動する時が、必ず来ます。誰しも自分の正義を持っているし、そのために生きていると思いますが、それは当然、葛藤の対象に。絶対の正義なんてないから。そこでやっぱり、鬼と戦争が終わって11年後という設定が効いてくると思っています。
最初、この主人公エイタのことは、個人的には好きになれませんでした。
本当に自分の力を下していいのか、たくさんの鬼を切ってきたという罪悪感とか、それを指摘されてキレる人間くささというか。主人公エイタの、自分の家族を助けるためだったら他人を犠牲にしてもいい、という考え。自分達の生活を台無しにした奴らだから、と主人公エイタは自分の正義を行使することを正当化しています。
鬼側にも何か事情がありそうですし、悪さ一辺倒ではないというのは、当たり前のこと。鬼の側にも正義があるだろうし、事情があるだろうし、家族があるだろうし、守りたいものもあるだろうし。一見単純な構図に見えて、全然単純じゃない。鬼の生物的な事情や、リアリティーを通り越した生々しさ、ちゃんと存在していることを感じてほしいと思っています。
小さい頃から、漠然とですが、絶対に絵を描く仕事をしたいなと思っていました。これまで色々な仕事をしましたが、私の一番の特技は何かと問われたら、絵を描くことだと思います。これを仕事にせずに人生を終えたら嫌だ、と思っていたところ、たまたま友達に誘われて、ゲームの素材を描く会社で3年程働いたのがイラストレーターの始まりです。その会社に勤めたおかげで色々と救われたこともありましたが、会社を辞めるときに誤解を生じさせた出来事もあり、人に物を伝えることの難しさを強く感じた経験の1つでもあります。
趣味でマンガを積極的に描き始めたのは、36歳頃です。実は、マンガ連載のお誘いをいただいたことは今までに2回ありましたが、仕事を理由に、2回とも断っています。当時は世間知らずで、マンガ連載のお誘いを2回もいただくということが、どれぐらいレアな事象なのか理解していませんでした。目の前の仕事が忙しいからと、軽く考えていたんですね。今振り返れば、浅はかだったと思います。連載のお誘いを断ってから時が過ぎると、「これからどうしよう。自分の作品を持てないまま、人生終わるのは嫌だな。やっぱりマンガしかないのでは。」と漠然と思いはじめるようになりました。
連載のお誘いを2回断っていたので、マンガを描くにも1からやる必要がありました。作家とマンガ家のマッチングサイトのようなものがあり、そこにネームを載せたところ、現在の担当編集者から連絡をいただいたことがマンガ家へのきっかけとなりました。昔から歴史に興味があり、当時私が趣味で描いていたマンガも歴史物のようなお話で、異世界なんだけど、ちょっと日本の延長上にあるような和風な世界観。担当編集者も歴史が好きなので、通じるものを感じてくれたのではないかと思っています。
担当編集者から連絡をいただいても、連載がすぐに開始するわけではありませんでした。マンガ賞に応募してみないかという話になり、ネームを描いては担当編集者の赤ペンをもらい、また直すという繰り返し。やっとできた作品で「ちばてつや賞」に応募したところ、入賞することができました。その後、もう一段上を目指して「ちばてつや賞」に再度挑戦し、2回目の入賞を経て、連載を目標としました。制作に取り組む中、これでダメだったら諦めよう、もう働こうと思い、一か八かの気持ちで、これは多分最後のチャンスだと描いたのが『鬼時代』です。
『鬼時代』でコンペに応募し結果発表を待ちましたが、連載決定の連絡があった日のことは、まだとてもよく覚えています。自宅近くの神社へお参りに行った際、神社近くの丘から富士山とともに日の出が見え、良い幕開けになるんじゃないかと思っていました。しかし、結果連絡の予定時刻である午後3時頃までは長く、ひたすら悶々と連絡を待ち続けました。だって、その時連絡が来なかったら、その3年間ぐらいの努力、取り返しつかないわけじゃないですか。自分に対して「本当、何回マンガ描いて何回落ちてるんだよ、お前」っていうような感じになっているから、気が気でないんですね。その待ち時間は、人生で一番長い9時間だったと思います。途中で映画を見に行きましたが、内容は覚えておらず、登場キャラがアップになっているシーンだけ覚えています。日の出、映画の一場面、あとは連載開始の連絡。この3つが、この日覚えていることです。
ただ、そこにしかない、一回生、複製不可能な神聖さ。これを専門用語では「アウラがある」と言います。画用紙にペンで書いた原稿を実際に肉眼で見ると、原稿用紙にアウラが宿る感じがあります。原稿用紙1枚で芸術作品になる、というような。スキャンして原稿になると分からないかもしれないですし、自己満足かもしれません。でも描いている本人としては、原稿用紙があまりにも美しいと感じていて、これを捨てることは選択できない。読者の皆さんには、もしかしたら見づらい部分もあるのかもしれませんが、美しい原稿用紙を生み出したいというモチベーションが沸くし、描いて楽しく感じるので、作家の都合でアナログにしています。もちろん、デジタルを使うこともあり、『鬼時代』第1巻の表紙は、デジタルで書きました。締め切りを考えると「デジタルの方が早いからデジタルを使っては」という話もあるかもしれませんが、アナログだと物理的な限界、これ以上描けない、描き込みません、描き込めません、というような、紙の限界があります。紙が破れないように描く必要があるので、どこまで描けばいいのか把握しやすく、私の場合はアナログのほうが早く描けます。
読者に少しでも楽しんでもらえるよう、私自身が少しでも楽しんで書けるように工夫をしています。作家が楽しいと思っていないと、読者に「なんだか楽しくなさそう」と伝わってしまうと思うので。人間ですから年を重ねると、集中力や感情の摩耗というのが起こってきます。人間である以上それは仕方ないことですが、意識をして、できるだけ良い精神状態で書くようにしています。
何かしら、目標を決めて徹底するということ自体に意味があると思っていて、ある種の願掛けですが、その一環として、禁酒禁煙を徹底しています。何かしら本当に努力をしていると、自分に言い聞かせるためでもあります。人は多かれ少なかれ、何かしら神的なところにすがってしまうと思いますが、私は、それを意識的に利用できたら、実はパワーが出るのかも、と。最後のあがきみたいな感じです。作家の苦労や必死の頑張りが、マンガ作品、主人公エイタの旅に少しでも寄与できたらいいなと思っています。
『鬼時代』は、新潟の景色がモデル。舞台は千葉県房総半島で、房総半島についても調べて描いていますが、どうしても、新潟っぽくなるんです。私には青森出身の絵描きの友人がいますが、その人の描く日本の景色と、新潟出身の私の描く日本の景色は違う。青森出身の友人が描くと、むしろ山の中にいるみたいに山が近く、私の場合は、ちょっと山が遠い。新潟は、遠くの方に山が見える。『鬼時代』第1巻のカバーには海辺を描いていますが、まさに新潟の浜辺のようになっています。育ったところで見聞きしたものというのは、どうしても創作に出てしまいますよね。新潟からマンガ家がたくさん出るというのも、何かしら関係があるのではないでしょうか。地理とか風土といいますか、あるいは気質だったり。明確にはわかりませんが、何かしらつながりがあるのでは、と私は思います。マンガ家を目指す人には、何が引っかかるのか本当にわからないから、もう何でもいいから、とにかくネームを大量に描いて大量に応募してくださいというふうにしか言いようがない。何かに引っかかる、何かに引っかかるから。
今まで自分が見てきて、面白いな、かっこいいな、と思った景色をできるだけ読者と共有したいという気持ちがすごくあります。マンガは絵画であって、話だけで進むものではないので、絵をきちんと描くことによる世界観の共有といいますか、その世界に浸って想像をめぐらせて欲しいと強く思います。
以上、東先生にお聞きしました。
東先生、ありがとうございました!
主人公エイタの旅が、たどり着く先は?
妹カンナの行方、共に旅する子鬼デイビッドとの関係、大量破壊兵器「敷の戸」の謎。
東先生が描く『鬼時代』、これからもご期待ください。