
2026.07.10
マンガ・アニメ活用
『マンガで学ぶ新潟市の「潟」 白鳥の別荘 里潟-ハクチョウから学ぶ潟と自然-』
略して、『潟(かた)マンガ』!
新潟市の「潟」や自然環境の魅力を、もっと身近に、もっと楽しく知ってもらうため、マンガを活用して制作した情報誌。
若者の視点と創造力を生かそうと、開志専門職大学アニメ・マンガ学部の学生に制作を依頼し、学生が「潟」で体験したこと、学んだことをストーリーに盛り込んだそうです。
白鳥の視点で「潟」を巡る『潟マンガ』制作の取り組みについて、担当の方にお話をお聞きしました。
<お話を聞いた方>
新潟市環境部環境政策課 山岸 優太さま
渡邉 陽子さま (令和7年度時点)
小学3年生から中学生までをメインターゲットとしつつ、広く市民のみなさんに「潟」に慣れ親しんでもらうため、情報誌をマンガで作りたいという漠然とした考えがありました。内容は全く決まっておらず、ゼロ。好きなように作れる状態でのスタート。
制作方法についても漠然としてですが、学生に作ってもらいたいという気持ちがありました。若い人に知ってもらうのであれば、若い人目線で作れるよう、学生に頼むのがいいだろう、と。プロに頼む方法もありますが、そうするとどうしても、大人の目線になりますよね。
実は、『潟マンガ』制作の前から、開志専門職大学アニメ・マンガ学部の学生が市の施設を訪れ、職場実習として、イベントのチラシを制作していることを知っていました。つてはありませんが、もしかしたら、と思ったんです。開志専門職大学へ連絡を取り相談したところ、「今まで受けたことは無いけれど、学生にとってもチャンス。講師がサポートするからやりましょう。」と依頼を受けていただきました。
開志専門職大学が学生に条件を示し、手を挙げた学生の中から選ばれたのが、5人。最初は、「えっ、5人? 5人でできるの? 」って思いました。でも、5人が会議用テーブルで顔を寄せ合い、話し合いをしながら、それぞれ下描きしているのを見て、納得しました。全体にまとまりを持たせるには、話し合いながら描く必要があったんです。それには、5人がちょうど良かった。5人はそれぞれ絵のタッチが違いますが、それも含めて『潟マンガ』を楽しんでもらえると嬉しいです。
学生自身が潟の取材をし、ストーリー立てをして、マンガを描いて仕上げることになりました。鳥屋野潟の目の前にある開志専門職大学紫竹山キャンパス最上階で、鳥屋野潟を見ながら市職員が説明を行い、制作がスタート。その後、鳥屋野潟で活動している「新潟水辺の会」の協力を得て、カヤック体験。5人全員がカヤックに乗って「潟」へ漕ぎ出しました。清五郎潟からスタートし、どんどん進んで橋を越え、鳥屋野潟まで。5人にとっては、多分、衝撃ですよね。いきなり大冒険! 「潟」を上から見るのも大事だけれど、水面の目線、白鳥の目線で鳥屋野潟を体感です。この体験もストーリーに折り込むよう話をしたら、鳥屋野潟のところに、こう(下の画像参照)。福島潟、佐潟も現地取材し、体験・学習した5人の目線で、『潟マンガ』は描かれています。

ストーリーの主軸として、「白鳥から教えてもらいながら潟を巡る」と考えていました。
それには、白鳥とともに潟を巡るキャラクターが必要。でも、キャラクターを一から作るって、なかなか大変。そう思っていたところ、『潟マンガ』とは別にイラストレーターに制作を依頼していた、このイラスト(下の画像参照)が出来上がりました。
このイラストを見て、もう、これだ!と。「マンガ・アニメのまち にいがた」サポートキャラクターの花野古町と笹団五郎が白鳥と出会い、白鳥が2人に潟のことを教える、というストーリーに決まりました。
下描きの際にこちらから少しアドバイスをすることはありましたが、ストーリーの内容については、学生が考えました。表紙を0ページとして、花野古町と笹団五郎が白鳥を見つけるところから、潟を巡る旅がスタートです。当初は20ページ程の予定でしたが、 5人が描きたい内容を詰め込み、表紙も含め25ページになりました。
ざっくり言うと、越後平野に広がっている湖沼のこと。 もともと、新潟には無数に潟が広がっていたそうですが、その多くが干拓され、今、「潟」という名称がつくものは有数で、16個の潟が現存するのみです。
潟は、そう遠くない昔には、今よりもずっと、生活において欠かすことのできない存在でした。 魚が今よりも捕れ、潟の底に堆積した土を田んぼの肥料として使うなど、暮らしの一部だったようです。潟の自然環境も、人々が潟を利活用することで維持されてきました。しかし今は、生活が変化し、「潟」がすぐそばにあるんだけれど、なかなかその魅力を知られていない状況です。
そこで新潟市は、2022年に佐潟がラムサール条約の湿地都市認証を受けたことをきっかけとして、「国際湿地都市NIIGATA」と銘打ち、「潟」の価値と魅力をみなさんにもっと知ってもらおうと、様々なプロモーションを展開しています。
潟の開発の歴史や、潟が人々の暮らし・文化にどのような影響を与えてきたのか、「潟のデジタル博物館」というホームページで詳しく解説を行っています。「潟では舟一艘あれば生きていけた」といった面白いエピソードも載せていますので、ぜひご覧ください。
潟のデジタル博物館(新潟市公式)|潟と人のいい関係、未来に残し伝えよう!
私は、潟に生息する動植物だと思います。白鳥が飛来するのも、やっぱりそれが理由。食べることも寝ることもできる、白鳥が安心してすごせる場所。福島潟は、植物もすごく多いし、白鳥以外の野鳥も来ます。鳥屋野潟も、街の中にある、大きな「潟」。大雨が降ったときには、遊水地にもなってくれる。でも、普段生活していると、なかなか意識しないですよね。「鳥屋野潟」というひとくくりの言葉として捉えてしまい、「潟」という認識が薄れがちではないでしょうか。鳥屋野潟も「潟」だよ、佐潟や福島潟と一緒だよ、と言われると、ああ、そうね、と気づく。「潟」を意識してもらうきっかけ作りが、この『潟マンガ』です。
「潟」をふるさとにする人々からは、景観が魅力という声もあります。手入れが何もなされていないと、外来種などの影響を受けて、どんどん水質が汚れていってしまうので、景観を大事にしたい、昔の姿を取り戻したいと要望をいただいています。

実は、マンガの作り方や違いがよくわからないまま、開志専門職大学へ相談に行きました。
参考にしたパンフレットがデジタル作画だったので、私の中のマンガのイメージは、手描きじゃなくてデジタル。一方、開志専門職大学の先生方にとって、マンガといえば手描き。マンガ制作を依頼されたということは、手描き。だから学生5人は、手描きを学んでいる、アニメ・マンガ学部マンガコースの2年生。ちなみに、表紙はデジタル作画のため、5人が手描きしたものを3年生がデジタルで仕上げてくれました。
ストーリーの作り方も、思っていた進め方とは違いました。下描きしながら、コマ割りをしていくんです。頭の中に描いている内容を、ある程度描き始めながら、5人で合わせながら、ストーリーを考えて、セリフも。 制作途中には下描きを見せてもらいましたが、マンガ制作が初めての私にとっては、 不安になるぐらいの下描き。なんとなく話の流れがわかるので、下描きを見て表現の修正を指示しましたが、完成まではドキドキしながら過ごしました。
9月から活動を始め、完成したのが翌年2月末。もう、本当に、学生の頑張りに感謝です。学生が現地を取材して学び、関係者に話を聞きながら考えて作ったストーリー。与えられた情報をただ埋め込んでいるのではなくて、吸収した情報を生かしている。ちゃんとスタイルができて、ちゃんと情報が入っている。こどもの頃から想像力を生かしてマンガを描いてきただろうから、ストーリーを考えるのは得意なんでしょうね。自分の世界観をマンガにしていると思いました。当初の想像を大きく超える作品になりました。
この『潟マンガ』を見た方からは、「分かりやすい」「よくできている」「本当に2年生の学生が作ったの?」との声をいただいています。開志専門職大学の先生方も、『潟マンガ』を見て、出来栄えに驚かれていました。
マンガは、幅広い年代に情報を伝えることができます。文章だけでは伝わりにくいことも、マンガでは絵と説明が合わさることで、すんなりと伝わる。これからパンフレットや情報誌を作ろうと考えている方には、マンガを活用することをお勧めします。
潟には今も多くの動植物が生息・生育しており、憩いの場や活動の場として、ふるさとを象徴する存在です。潟とともに生きた先人の文化や歴史を大切にしながら、潟の価値と魅力を未来に伝えていきたいと考えています。
『潟マンガ』をきっかけとして、多くの方に、潟の価値と魅力を知っていただけると嬉しいです。