普段なかなか結び付くことのない、マンガと医療。その2つを掛け合わせ、日本の医療をわかりやすくすることを目標に活動している一般社団法人日本グラフィック・メディスン協会 理事長 落合 隆志さま に医療分野でのマンガの活用法と可能性について取材をしてきました。
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お話を聞いた人
一般社団法人日本グラフィック・メディスン協会 理事長
落合隆志さま
マンガと医療はなかなか結び付かないイメージですが
なぜマンガを使って、医療をわかりやすく普及する活動を始めようと考えたのですか。
私は医療系の出版に携わっているのですが、以前、「がんの告知」をテーマにした企画で、医師と患者やその家族が抱く「情報と感情のズレ」に気づかされる出来事がありました。医師側が患者や家族の視点を理解するにはどうすればいいかと考えた際、がん告知を扱ったマンガ作品を互いに読み、感じたことを共有し合う場を設けたのです。
その中で、私が何気なく「がん経験者」という言葉を使ったところ、あるがんサバイバーの方から「経験ではなく体験と言ってほしい」と指摘を受けました。経験は選べるものだが、体験は避けられずに起こること、その方にとって、がんは否応なく向き合わなければならなかった「体験」だったのです。マンガを一緒に読み進める中で、言葉の選択一つひとつに、当事者の感覚を感じることが出来ました。
マンガを通してこうした多様な感覚を共有できる場が作れるのなら、マンガは医療のわかりにくさや伝わりにくさを解決する力になる!と考え始めたのが、活動のきっかけです。
マンガって単に文章よりも「わかりやすい」だけでなく、感情や背景を豊かに表現する力があるのです。
グラフィック・メディスン協会はどのような活動をしている組織ですか。
グラフィック・メディスン®は、2007年にイギリスで始まったムーブメントで、医療従事者と患者がマンガを使って病気や障がい、ケアについてのコミュニケーションを深めることを目指しています。イギリスやアメリカでは、すでに医学生の教育現場でマンガが取り入れられたり、患者が自分の病気を描くことで向き合う活動が広がっています。
当協会では、日本の医療マンガのレビュー活動、定期的なグラフィック・メディスン勉強会の開催、会誌『グラフィック・メディスン®』の発行などを通して、日本の医学教育へのマンガ活用を推進しています。
グラフィック・メディスン協会の活動を始めた際、周りはどのような反応でしたか。
また、活動を始めたころと今とでは周りの反応に変化はありましたか。
当初は、研究者や専門家を中心に活動しており、医療とマンガを組み合わせた新しい取り組みとして大手新聞や医学系専門雑誌等に注目していただきました。しかし、一般の患者さんや医療現場で実際にどのようにマンガを活用できるのかが明確でない部分もあり、なかなか思うように活動を広めることができませんでした。
そこで、日本の医療マンガの魅力をもっと知ってもらおうと、2020年に『日本の医療マンガ50年史』を出版しました。
これをきっかけに、「こんなに多くの医療マンガがあるのか!」と驚かれる方も増え、次第に協力者が広がっていきました。
最近では、医療現場や地域の医療関係者の方々からも「こういった活動がもっと広まってほしい」といった声をいただくことが増え、ますます幅広い協力をいただけるようになっています。
グラフィック・メディスン協会が目指すゴール、
「日本の医療と患者の距離をゼロにする」は具体的にどのようなイメージをお考えですか。
一般的に、医療知識や医療制度はとても専門的で、患者さんやそのご家族には「難しいもの」と感じられることが多いです。
医療マンガで描かれる医療現場の問題や最新の治療法は、こうした「難しさ」を少しでもわかりやすくし、距離を縮める手助けをしてくれます。
ただ、グラフィック・メディスン協会が目指す「距離をゼロにする」とは、単にわかりやすくすることだけではありません。医療者も患者さんも、互いに「自分のことを理解してもらえた」と感じられる医療環境を実現することです。患者さんにはそれぞれの「個人の物語」があり、その背景を医療者にも知ってもらいたいという思いがあります。一方で、医療者にも長時間労働や人手不足といった医療現場の課題だけでなく、一人の人間としての悩みや苦しみもあります。
グラフィック・メディスンがマンガを通じて縮めたい「距離」とは、制度によって患者と医療者が二分されてしまっているこの隔たりそのものなのです。
医療マンガ(※実用マンガや有名な医療マンガ:ブラック・ジャック、学校に行けなかった中学⽣が漫画家になるまで 等)は、グラフィック・メディスン的にいうとどのような活用方法や効果がありますか。
※「実用マンガ」とは、企業や団体から注文に応じて制作される実用的な用途をもったマンガのことです。
医療では、病気を数値やデータで表すことが多いですが、それだけでは一人ひとりの事情や思いまで十分に伝わらないこともあります。
たとえば、ある人の体験や気持ちをマンガにすると、それが特定の人の話であっても、多くの人が「自分にも通じる」と感じやすくなります。実は、グラフィック・メディスンは医療にとどまらず、障がいや老い、介護、セクシュアリティ(性の多様性)など、「生きること」や「健康」に関わる幅広いテーマを含んでいます。私たちは、医療マンガだけでなく、こうした社会全体が抱える多様なテーマにも目を向け、より広い視点で取り組むことを大切にしています。
現在、グラフィック・メディスンが注目しているジャンルのひとつが、AYA世代の心の健康問題を描くグラフィック・ドキュメンタリー作品です。
2022年度から高校の新学習指導要領に「精神疾患の予防と回復」が追加され、精神疾患に関する授業が行われていますが、これは何らかの生きづらさを抱えている若者は少なくないことも示しています。
グラフィック・メディスン作品の中には、私たちが感じる生きづらさや、「もっと優しい社会になってほしい」という願いが込められています。
マンガの表現力は、誰にとっても暮らしやすい社会を目指す教材としても、とても力を発揮できると思います。
新潟市の「マンガ・アニメを活用したまちづくり構想」として、ぜひこうした分野へのマンガ活用への取り組みを期待しています。
地域のクリエイターによる、地域の医療情報や健康知識、病気予防をわかりやすく解説するマンガ制作、思春期・青年期特有の心の悩みや不安を描いたグラフィック・ドキュメンタリー作品の公募や学校や地域のカウンセリング機関での活用、外国人居住者への医療機関の利用方法や手続き、緊急時の対応をマンガで説明するガイドなど「実用マンガ」の可能性も無限です。
グラフィック・メディスン協会として「マンガ・アニメのまち」新潟の更なる発展を応援しています。